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2008年12月25日 (木)

☆第4章 最後の夏休み☆  第19話

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火曜日は午後だけ仕事をした。

定時過ぎにまりこからメール。
たまには呑みに行かない?って。

アイビスサマーダッシュの前の日、
あの台風の夜以来会っていなかったから
色々経過が気になったんだろう。

私は私で、火曜日夜はなるだけ家でメールを待っているような時間
できれば過ごしたくなかったから、すぐにOKした。

8時過ぎ、「ゆるゆる」で待ち合わせた。

「なんなの。アイツ、最近なんか調子づいてない?」
来た早々、まりこはそう息巻く。

成田さんの日記のことね。

前までとは違う、何か浮かれたような文章。
競馬日記を書いても仕事の日記を書いても。
多分それは誰が見ても気がつく違和感。

たくさんの人のいる隅で、
真面目に、堅実に生きていこうと
そう心に決めたポリシーが滲み出るようだった文章。
そんなもの今は面影もない。

自分に自信のある人の書く物。
おまけにその自信は根拠がなく浮き足立っている。
いわゆるどこにでもいる薄っぺらな感じの人。
今の成田さんはそんなふうになっている。
たったの数週間で。

「あそこまで入れ込んでるってことはさー」

言いかけて、ママが持ってきたジョッキ、掲げたまりこは
軽く“お疲れ”って。

「どうなったの?結婚しないんでしょ?」

そう思ってたんだ。
そんなふうに見えるんだ。やっぱり、はたから見れば。
私だけの思い込みなんかじゃなくって、
成田さんはそれくらい私に夢中だって、そんなふうに見えるんだ。

まぁ、確かに間違いなく「夢中」ではあるんだけどね。

「あー、結婚?するでしょ。」
私はママ特製ジャガピーをつつく。
なんのことはない、じゃがいもとピーマンの炒め物なんだけど。

「マジで?あんたは?するの?離婚。」
「しないってば。意味ないじゃん。」
「じゃあ、アイツのあの浮かれっぷりはなんなの?やったんでしょ?」

まだ呑み始めたばっかりなのに、実も蓋もないまりこ。
私は苦笑して、仕方なく「うん」って答える。

「よくやったねー。よくそんな度胸あったねー」
意外で仕方がないという風に、しきりに首を傾げる。

「実はさぁ」

もう、怒られようが呆れられようが、
どうでもいいやという思いで私は話す。

夏の間だけだってこと。
夏が終わったら全部なかったことにするってこと。
秋がくればあの人は予定通り結婚するってこと。

案の定まりこは猛烈に怒り始めた。

「ありえない!なんでそんな温いことするの?
アイツばっかりそんなにいい思いさせてどうすんの?馬鹿?あんた!」

火を点けた煙草を振り回して怒るから怖くて怖くて・・・

怒られても私は何も言えないんだけど。
自分でもそんなバカな話はありえないと、重々思っているわけだし。

しばらくまりこは怒ってた。
成田さんを最低だと言い、私をヘタレだと言い、
挙句の果てにはあの花魚のことを、何も気がつかないマヌケだと怒った。

怒りながら呑んでるせいか、
いつもの予定調和なのか、すぐに酔いがまわったらしく、
グラグラ左右に揺れながら語り始める。

「あの馬鹿、本当にできるのかねー?」
もちろん、夏が終わって私と別れられるかどうかってこと。

「できるのかねー?」

そう答えたものの、私は最近思っている。
あの人ならば、あっさりやってのけるかもしれないと。
あの無邪気な残酷さを持つあの人ならば。

「あの人はそう思ってるんでしょ。
一生に一度だけ、見分不相応な女と付き合って、
いい思いして、それで何ごともなかったように結婚できるって。」

「できないの?そうするつもりだよ?あの人は。」

「できるでしょ。あなたのことすっぱり切って、結婚するよ。」

わかっていたことでもショック。
そんなことはできるわけがないって心のどこかでは思ってたから。

少なくとも私はできない。

「でもさぁ、一度華やかな生活を味わったら、
人間絶対元には戻れないよ。」

「戻れない?」

「ぜーったい無理。あなたと別れて結婚して、毎日亀や金魚の世話をして、
家に帰るとあのつまんない女が“おかえりなさい”って
毎日待ってるんだよ。

つまんない女かどうかは分からないけれど・・・
でも多分、楽しい女でないことだけは確かだな。
勝手な印象であるけれど。

「結婚した後に気が付くんだよ。
もうこの日常が死ぬまで続いていくだけだって。
そんな瞬間堪えられないでしょ?」

「でも結婚はするじゃない。」

「だからーバカだから実際に結婚するまで想像もできないの。
で、心にでかい穴が開くよね。
その穴をかかえて一生生きるんだよ。
きっと気がついた後に、あなたに連絡してきたりするんじゃない?
もうそれしかできないもの。
でもそんな頃にはあなたあんな男に興味なんてなくなってるでしょ?」

確かに。

「踏み出した時点でどっちとっても地獄行きだよ?ヤツにとっては」

どっちとっても?私は聞き返す。
酔っ払い独特の虚ろな目で、
でも何故か今日は呂律だけはしっかりしているまりこは続けた。

「一生に一度の夢のような女との限られた毎日。
都合いいし、最高と思ってるかもしれないけど。
大穴かかえて生きていくか、
密会続けたまま結婚していつかバレるか、
全部を捨ててあなたと一緒になるか。
まっ、これが一番マシかもね。
いずれあなたに捨てられることになるんだろうけど、
悔いが残らないし、その後心に穴が開くわけでもないし。
どっちにしろ、何もなかった顔して結婚した時がヤツの一番の地獄だよ。」

いずれ私に捨てられるって・・・
何故そこまで断言されてしまうのかは疑問だけれど、
でもその可能性が高い気も確かにする。

根拠のないまりこの断言は、私の心を軽くしていく。

「あなたになんて関わらなきゃ、やつの人生なりに幸せで、
何の不満もなく生きていったのにね。もう絶対に戻れないよ。
それは断言する。」

心に穴を抱えて生きていくの?
それが本当だったら素敵すぎる。
一生私という名の穴を抱え、成田さんは生きていくの。

穴は血を流すかな?痛いのかなぁ?淋しいのかなぁ?
あの女には絶対に埋められない穴。

成田さんが私とずっと一緒にいてくれなくても、
私が空けた穴はあの人の心に一生残る。

大好きな人に幸せになって欲しいと、
そんなふうに思うような恋愛を、私がする時があるんだろうか?

今私は、成田さんの未来の不幸を想像し、心の底からわくわくしている。

それとも、私の心にあるこの気持ちは
愛なんて大層な物ではないのかもしれない。

私のいないところで幸せになるなんて絶対に許せない。
私じゃない人の横で笑ってるなんて絶対に許せない。

「夏休み」
とはしゃぐあの人を見るたびに、念を押されている気がする。
「夏の間だけだぞ」って。

だから私はあの人に目一杯の優越感を与えてあげる。
着飾って、キレイにして、そんな女を連れて歩ける優越感。
周りの男の人にちやほやされて、
それを足蹴にしている女を好きにできる優越感。

“あなただけが特別よ”“私に愛されているあなたは特別よ”

魔法のように囁き続ける。あの人の心にこの甘さを刻み込むの。
今は夢だと割り切られてても、
夢から覚めた後の現実に身も凍るような恐怖が待っているように。

血を流す穴、一生抱えて欲しい。
一瞬たりとも私を忘れないで欲しい。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜


水曜も金曜も会った。

家の裏の道、車でお喋りしたり、いちゃついたり、
蔵前通り、新小岩に作っている新しい陸橋を見に行ったり。

何も変わらず、加速度を増しながら過ぎていく毎日。

虚ろな目をして私を求める、
そんなあの人にうんざりしながら、
私は最後の逆転がないかと、ごく低い確率にかけ、待ち続ける。

もう全部捨てるから。
もう全部捨ててさちと一緒にいるから。
夏が終わっても。秋も、冬も、来年の春も、夏も。

そう言ってくれないかと。

そう言って欲しくて必死に愛を囁く。

私といるこんな毎日、無くすのが怖いでしょう?

言う変わりに、囁き続ける。

幸せでしょう?
私といて、幸せでしょう?
ずっと続いて欲しいでしょう?

来週はお盆になる。
お盆が終われば、夏の加速度は最頂点。
あっという間に八月は終わる。
これは誰もが感じてる時計。

私は焦る。
 
 

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