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2008年12月25日 (木)

☆第4章 最後の夏休み☆  第22話

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「夏の朝って、昼間とは別のようだと思わない?」

朝の光が穏やかに射す京葉道路。
車の窓から見るとは無しに眺めながら、私はふと言った。

「思うね」
前を見たまま、成田さんは何故かしかめ面。
別に機嫌が悪そうでもなく、たんに眠いのかな。

「真夏の朝が一番好きだなぁ
空気が透き通ってて、今ここにある空気の本物の形って感じがする」

そう続けた。

私が思っていたのと同じこと、口にしてくれたから少し嬉しい。
真夏の朝、冷たくも温くもない空気。何も色がついていない。

「でもさぁ」
ガラガラの道を、左に曲がりながら。

「6時までだよ。」

6時?
今は5時50分くらい。

「6時過ぎると、どんどん気持ち悪くなる。
空から何か変な物が降ってきて、空気を変えていくみたいに
ベッタリ体にまとわりつく」

“気持ち悪くなる”その表現が可笑しくて、私はしばらく笑った。

笑っていると、もうすぐに私の家。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜


赤い車で送ってもらって、
いつもの川沿いの道へ着いたのは
結局6時少し前だった。

朝早くから出かけるくせに。
今日は大事なお出かけのくせに。

海へ行くんだか、山へ行くんだか、
そんなことはどうでもいい。

私が残してやったのは、
まともな思考を一日維持できるわけもないくらいの疲労感。
もちろんそれは私自身にもたっぷりとね。

朝までおしゃべりとじゃれ合いの繰り返し。
目いっぱい気持ちよくしてあげて、
目いっぱい気持ちよくなる言葉を囁き続けた。
翌日一日、私のことで頭がいっぱいになるくらいに。
私のこと以外何も入りこむ隙もないくらいに。

それでもそれは無駄な足掻きだということは、
充分すぎるくらいに知っている。

夢を見ていたと、あの人は目を覚ます。
何か夢を見ていた。甘くて楽しい夢。
いい夢だったなぁ、と思うかもしれない。
目が覚めなくてよかったと思うかもしれない。

でもそれはそれ。

現実は現実で、伸びる別の線。
その線上を迷うことなく進んでいく。

車が停まる。

まだ6時前。空気は透き通っている。
気持ち悪いものが、落ちてこないうちに、
早く家に入ってしまおう。
そしてとりあえず少しだけ眠ろう。

私はあまり躊躇なく車を降りた。

「ありがとう」

来てくれて、朝まで一緒にいてくれて。
窓越しに言った。

「こちらこそ、ありがとう」
無邪気な笑顔。
歯を見せて成田さんは笑った。

ありがとうに他意はなかったのだろう。
明日も明後日も、夏休みは続いていく。
そのことになんの疑問も持っていない、
そんな目をしていた。

でもね、この時見た成田さんの笑顔、
私が、最後に見た成田さんの顔。

あんなに愛して、
あんなに憎んで、
あんなに焦がれた。

最後まで夢を見る人の顔。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜


タカキは寝ていた。
だから、私は少しでも多く眠れるように、リビングで眠った。
座椅子をいっぱいまで倒して。

1時間ちょっとで目を覚まして、タカキが起きる前に家を出た。
起きてきたとしても、別に今更何も言わないのだろうけど。
言われたとしてもかまいはしない。
だって、こんなことがあと何度あるか。
その後はもなかったように静かになるしかないのだから。

会社に着くか着かないかのタイミングで、まりこからメールがきた。


From: まりこ
Subject: Re:ウケた
花魚の日記見た!
さちさん宣戦布告されてますよ(笑)
マジであなたおもしろいよ!


昨日の夜から、ミクシィには全くログインしていなかった。
とりあえず、会社の自分の席、着いた私はPCの電源を入れログイン。
成田さんのページから花魚のところへ飛ぶ。


本当だ・・・すごく久しぶりに日記書いてる。
昨日の晩?


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜


花魚さんの日記


迷惑メール     全体に公開       2007年8月13日 23:35

ミクシィで、迷惑メールが多いとは聞いていましたが
初めて私のところにも迷惑メールが来ました。
不特定多数の人間に送っていると思われますが、
本当に不愉快な内容です。
あまりに不愉快だったので全文引用させていただきます。


あなたは自分のパートナーを信用していますか?
お互いマイミクもしているし、
相手の日記に何が書いてあるかも全部わかっているし、
安心♪と思ってはいないですか?
あなたのパートナーは日記やそのコメントでは見えないところで
あなたを裏切る行為をしているかもしれません。

ミクシィの機能に足あとってありますよね
知らない同性からの足あとが頻繁につくことはありませんか?
パートナーの日記コメントに、怪しげなコメントはないですか?

あなたの見えないところで、
あなたのパートナーは全く別の人間になっているかもしれない。
目に見えている幸せだけを信じますか?
全くの幻かもしれないと、想像してみるのはどうでしょう



以上です。
どういうつもりでこういった文章を送りつけるのか
私にはさっぱりわかりませんが、
忠告のつもりなら余計なお世話です。
私は、信頼できる大切な彼氏と幸せにしています。
世の中の男性がみんなあなたの思っているような人とは違います。
ご自分がどんな裏切りを受けたのか知りませんが
あなたの彼氏と私の彼氏は違う人です。
またこういったメールが来るのならば通報します。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜


私が送った。

実は、昨日の夜、まだ会社にいた時に。

ずいぶん前から、ミクシィのアカウントを1つ持っていた。
会社用携帯を持たされた時に、
これでミクシィアカウントがもう1つ作れるな、と
本当に何気なく作った。
知っている人のいないところで秘密の日記を書こうかな?とか
人に見られたくないコミュ閲覧用に使おうかな?とか
色々考えつつも放置したまま。

この夏がはじまってからずっと、頭のどこかにはあった。
誰も知らない別アカウント。
HNは「さくらこ」
由来とか、そんなことは些細なことは覚えていない。
具体的にどう使おうかとか、そんなアイデアもなく。
でも何かを壊してしまうだけの武器には為り得ると、
薄々は感じていた。

姑息な手を思いついた。

意味不明なチェーンメール?広告メールとも取れる内容。
いかにも不特定多数に送ったかのような内容。

何も知ろうとしない、疑おうともしない、
そのくせいかにも裏ありげなコメントを
成田さんの日記に付けてきたあの女。
その態度が嫌で嫌で仕方なくて、
だからこんな中途半端にちょっかいを出してみた。

目的は足あとを見せること。
足あとを見れば、まりこと私の痕跡が、
尋常ではないほどに残っていることを知るはず。

全く狂ってる。

それにしても、たんなる迷惑メール、と
黙殺されるものと思っていたから
ここまでの反応は予期していなかった。
だって、この日記を一体誰に読ませようと?
ブロードキャストと思わせて、
ユニキャストで届いたことを勘付いている?

ふと思いつき、自分のトップへ行く。
私も最近はあんまり見なかった足あとをクリック。


最近の足あと
2007年8月14日 01:37  花魚


来た来た。

ほらね、今まで一度も踏み返してこなかったくせに、
くだらない迷惑メールと言いつつ、やっぱり気にしてる。

笑っちゃう。

深夜1:30にあんたが私のミクシィ足あとつけたその瞬間
自分の彼氏が何やってたか知らないでしょ?

笑っちゃう。

それで寝不足の彼氏と2人で、
1日一緒に過ごせる楽しい休日、満喫したらいいよ。

私はPCの前で笑いが止まらない。

何年も前、神谷君の奥さんが電話で、
「人の家庭壊して楽しいですか?」
って言ったあの時も笑いが止まらなかった。

私はそんな女で、そんな人間で、
心なんて持っていないのかもしれない。
だから誰にも愛されないのかもしれない。

築き上げていくべき物、信じる相手、
そしてどこまでも続いていく未来
そんなものつまらないものに縋って
生きていく人間達を理解できない。

理解できないから、私は笑う。
本人を目の前にして、笑ってやりたい。

あなたが一人で部屋で、
ページいっぱいの怪しい足あと見て、
疑心暗鬼(と自分では思おうとしたでしょう)に
獲り付かれている時に
あなたの彼氏は私の体に溺れて、
情けない呻き声を発していました。

それでもその彼氏が守ろうとした未来、
小さくてつまらない未来、
2人で大事に育てていくの?

笑っちゃう
笑っちゃう
笑っちゃう

そう、自分でもわかってる。
これは自虐笑い。

机の隅に置いてあった携帯が震える。


From: まりこ
Subject: 爆笑 
「あなたの彼氏と私の彼氏は違う人です。」
だって!ウケる!
全くの同一人物だよ!ばーか
ってコメントしてもいい?


まりこ的にはこの展開、楽しくて仕方ない様子。
まぁ、こんな見物はそうそうないよね。


To: まりこ
Subject: Re:爆笑
ダメだよ。
でも足あとついてたよ。
あんなこと言って本当は気にしてるんじゃんね


眠い頭を無理やり動かし、とりあえずは仕事をする。
こんなお盆中に、急ぎの仕事なんてないのだけれど
とりあえずはそうやって、逃避をするしかできない。

自分のしたこと、自分のしようとしていること、
見たことのないあの女の顔、声、しぐさ、
あの人の今日の予定、秋までの日数、
昨日のあの人の笑顔、私に触れる指先の感触、
発した言葉、薄暗いバスルーム、
湿ったようなベッドの感触、朝の空気、空の青色。

コマ送りのように次々浮かんでくる物に、
頭の中を占領されるわけにはいかない。
そんなことをしたら、私は私が見えなくなる。
このままじゃなんにも見えなくなる。
 
 
 
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