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2008年12月25日 (木)

☆第4章 最後の夏休み☆  第24話

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From: 成田
Subject:
電話できますか?


混乱と後悔と興奮。

そんな物たちに包まれて、
私は私の立っている場所すらわからなかった。

別にどうということもない、いつもの家の玄関。

続けてきた、成田さんのメールを読んで、
咄嗟にリビングでPCの前に座ってるタカキへ言う。

「ちょっと煙草買ってくる」

背中でわかる。タカキは少し不機嫌だった。
明け方帰ってきて、顔も合わさずに会社に行き、
戻ってきてこんな時間まで寝てる私。
どう考えても尋常ではない。

でもそれも多分もうおしまい。

「気を付けて」
こっちを向かないまま、棒読みのように言った。

私はビーチサンダルをつっかけて表に出て、
万が一タカキが探しに出てきても、絶対に通らない
コンビニとは逆方向の道へ行く。

歩きながら成田さんへ電話をした。

「もしもし」

すぐに出た、声は穏やかだった。

穏やかすぎるくらい。少し眠そう。

「どうして?」
私は聞いた。


ずっと僕のそばにいてください。

そう言った。この人は。
それだけは嘘ではないと、そう思っていたのに。

たとえ何の関係もない、ただの知り合い同士になったとしても、
いつもいつも、私の見えるところに存在している、
そう信じていたのに。

あれだけのことをしでかして、私はまだそんなことを嘆く。
何をしたとしても、この人が目の前から消えることはない。
ひたすらにそれだけを無邪気に信じていた。

「ちゃんと退会できてました?」
ため息をつくように、言葉を吐き出す。

私は何も言えず、ただ本物のため息を吐き出す。

Tシャツの背中が汗で冷たい。
もうすぐ日も変わろうとしているのに、
夏は深夜まで侵食している。

夏休み。

まだ夏休みだよ。
お盆が終わっても、まだ夏休みは残っているのに。

「花魚さんって知っていますよね?」

静かに、成田さんは切り出した。

私はしばらく黙る。

人のあまり通らない、マンションとマンションの間の道。
立っているのがつらくて、とりあえず地面に座った。
座ってから答えた。

「知ってるよ」

「どうして、まりこさんとさちさんは、
彼女のところにあんなに足あとを付けたんです?」

「そんなにいっぱい付けてないよ。
でもいけないの?気になるじゃん。
気になって足あと付けちゃって、それがそんなにいけないの?」

言いながら、私の頭は、成田さんがどうして敬語なんだろう?
ってことに苛立つ。
それに、さちさん。

そんなに親しい間柄でもないんですよと、主張しているように見える。

誰にたいして?

もちろん成田さん自身にたいして。

「毎日足あとを付けたのはまりこさんかもしれません。」

そう訂正した後に、成田さんは続けた。
「花魚さんのところにメールがきたんです。忠告かな?
僕たちのこと。なんでも知ってるって。」

「僕たちって?」

「僕とさちさんのこと」

私はまた黙った。
どう答えていいかわからない。
沈黙の後ろを時間が流れる。

「さくらこさんって知っていますか?」

今度はそう聞かれた。
それはそうだろう。
普通に考えて、私に関係のある人って考えなきゃ、
とんだ間抜けでしょう。

まさか、なにもかも全て、私が一人きりでやっていることなんて
そこまでは思いもしないのだろうけど。

「知らないよ。誰?それ」

私は予定調和的にとぼける。
問い詰められはしないことを知ってたから。

「さくらこさんっていう人が、
僕とさちさんのことをなんでも知っているって。
今朝、朝まで一緒にいたことも知っているそうです」

っていうかなんで敬語なわけ?

我慢できずに突っかかりそうになる。
何もかもおもしろくない。

こんな場所でこんな内容の電話、
おもしろくない。
あー、おもしろくない。

というより、今までおもしろかった?
成田さんと過ごした日々、そんなに楽しかった?

疑問に気をとらわれ、私はしばらく黙る。
成田さんも黙る。
何か、言わなくちゃいけない、聞かなくちゃいけない、
と頭をめぐらせる。

「それと退会することとなんの関係がある?」

やっと、聞けたのはそれ。
他にも聞きたいことが山のようにあったのだけれど、
山のようにあってもみんなひとつに固まっていて
やっと切り出してこれたのはそれだけ。

「僕は・・・」

今までと違う質の声。
私は目を閉じる。
きっとこれから、私が絶対に聞きたくない言葉をこの人は発する。

「花魚さんと結婚するんです。秋に。」

ビンゴ。

「知ってるよ。知ってることわざわざ言わないでよ」

私は吐き捨てるように言う。
こんな喋り方を、この人の前でしたことは数度しかない。

「どうして知ったんですか?さちさんは」

「なんとなくだよ。コメントとか見て、そうなんだろうなって」

全くの真実。

なんでわかるのか、その感覚をうまく説明することはできないけれど。

「花魚さんのところにメールがきて、
彼女はすぐに相手がさちさんだってわかったみたいです。
足あとと、今までの日記のコメントなんかからかな。」

今までずっと、暗黙のルールだった。

私達の間で花魚はいない。
気配を予感する発言すらしてはいけない。

それが今易々と越えられて、はっきりと発音されている。
それが嫌だ。

成田さんが「花魚さん」って発音する度に、
ガラスを引っ掻くような、脳の芯まで届くような深いな響き。

「たくさん悲しませてしまった。泣かせてしまった。」

感情の無い声。

泣かせないように、悲しませないように、慈しまれている彼女。
慈しまされすぎて、鈍感で穏やかに為り過ぎた彼女。

そんな女、不幸になればいいのに。

何も努力をしないで、悲しいこともしらないで、
自分の地位は完璧なものだと信じている。

泣いたらいいのに。

手に入らない物を諦めきれず、
悔しくて、歯軋りしながら泣いたらいいのに。

自分の思いをどうにもできず、
切なくて、叫んだり喚いたりしたらいいのに。

「決めたんです」

ふと、鳴き始める蝉の声。
こんな夜中に。

「僕は彼女を幸せにすると」

静かで、冷たい声。
“さち、大好きだよ”
って何度も囁いた、あの声は面影すらなく。

世界で一番私に優しい人が口にする、
世界で一番私に残酷な言葉。

「なのに、今日あんなに悲しませてしまった」

言葉の羅列の中、
やっと見つけた成田さんの感情は
悔恨。

「僕はどうかしていたんです」

そして侮蔑。

どうもしない。あなたは夢を見ていただけ。
夢の登場人物に、現実を浸食する力があることに
なぜかずっと気がつけなかった。それだけのこと。

成田さんの言葉は、銃撃のように私を痛めつける。
だから黙っていた。
これ以上、無意識の攻撃を誘発しないように。

眠かった。
会社が終わってから、あんなに寝ていたのに
なぜか今眠くて眠くて仕方がない。

「だから退会しました。」

一連の話と、退会することに、全く繋がりは見えなかったけれど
要はもう私と一切かかわりたくないということなんだろう。
50人のマイミク一気に切り捨てても
そんなことは厭わないくらいに逃げ出したいのだろう。

成田さんもしばらく、何も言わなかった。
そのまま電話を切ってしまおうかと思った。
もう話なんてしたくない。

あんなに素敵な言葉が沢山生まれた成田さんの口からは
私を痛めつける言葉しか出てこない。

“お前なんて死んでしまえ”

と、私はそう聞こえすらする。

だから切ってしまおうかと思った。
なのに、タイミングを計っている内に、
見えない向こう側の空気が動いた。

成田さんは息を吸って、吐き出す勢いで言った。

「僕は自分のしていることを悪だと思っています」

また、言った。
この人は何度同じことを口にした?

「悪じゃない!私は悪なんかじゃない!」

私は叫んだ。
生活感のない小奇麗な団地の暗がりで
私は叫んだ。

悪なんかじゃない。
悪なんかじゃない。

どうしてこの人はいつも悪だと片付けるの?夢だと片付けるの?

「さちさんは悪じゃない。悪は僕なんです。」

言い訳のような、諦めのような、
そんな口調で成田さんは言った。
つまりは、どうでもいいような口調。

「私は悪なんかじゃない。
私達は悪なんかじゃない。」

一人ごとのように何度も呟いた。
涙は出てこなかった。
悲しくはない。
だって全ては自分で仕込んだこと。
それでメソメソ泣いてちゃ世話もない。

ただ悔しかった。

尚も、全ては悪だと言い放つ成田さんを
私はどうしても許せなかった。

「ずっと僕のそばにいてください」

そう言ったくせに、私の目の前から
存在さえも隠そうとしていることが
私はどうしても許せなかった。

たとえ夏休みが終わっても、
その夏休みが途中だったとしても、
私が何をしでかしても、
これからどんなイベントが起きても、
あの人はずっと、私のそばにいる

根拠もなく、頑なにそう信じていた。

言葉を交わさなくても、姿をみせなくても、
存在だけはずっと近くに感じていられる。

私は子供のようにそう信じていた。
 
 
 
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