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2008年12月25日 (木)

☆第4章 最後の夏休み☆  第25話

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「ちょっと混乱してるから、切るね」

もうあと数言でも
成田さんが発する言葉を聞くのは嫌で
私はそう告げた。

「はい」

成田さんはそれだけ言った。
じゃあまた後で、とも
続きはメールで、とも
そんな話は一切無く。
またいつもの、言葉にしない暗黙の了解みたいなもので
それで全てがおしまいと、
そんな空気があからさまにあった。

たとえ数ヶ月の、何の裏付けもない関係であったとしても
こんなやり取りだけで、ハイおしまい
なんてことは出来るわけでもないのに、
それでも成田さんはこれっきりにしようとしている。
それくらい私にもう関わらないようにしている。

手に取るようにわかる。
言葉よりも、全ては明瞭。
嫌になるくらいね。

言葉の裏に隠れている本音や状況
空気の間を漉くように読んできた数ヶ月。
そんななんの足しにもならないスキル身に付けてどうする?
こんな時に余計な空気を読んでどうする?

ちゃんちゃら可笑しいね。

私は電話を切った。
電話を切って、後悔も焦りも喪失感も、
何も見えないふりをして
鼻歌すら歌いかねない感じで家までの道を歩いた。

もう蝉は鳴いていない。
寝たのかな?

生暖かい空気が纏わり付くような熱帯夜。
とりあえず私も寝よう。

家のある高層タワーマンション群まで戻ってきて、
中庭に入ったら、背後でまた蝉が鳴き出した。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜


朝、7時ちょうど。

目覚ましもかけていなかったのに、勝手に目が覚めた。
いつものくせで携帯を開く。
何もなかったかのように、おはようメールが来るかと若干期待していた。
あるわけもない。

頭が重くて、ズキズキと痛みすらあった。
目を開けているのが億劫。
とにかく今日は家を出たくない。

体調不良で休みます。
会社にメールを入れてまた目を閉じた。
どうせお盆中、急ぎの仕事もないし。

朝9時過ぎ、ようやくはっきり目を覚まして、
とりあえず枕元のPCを引き寄せ起動、ミクシィログインをした。
何か変化があるのじゃないかと、若干期待をしていた。
あるわけもない。

お盆真っ只中、ログインしている人も少ないのだろう。
日記更新情報も、足あとも、あまり変化がない。

もちろんあの人はいない。
どこにもいない。
いるわけもない。

虚ろな頭に、なんども浮かぶ。“いない”

あの人はいない。
どこにもいない。
もういない。
最初からいない。

いない。いない。いない。いない。いない。いない。

手持ち無沙汰で、何気なく「最近コメントした日記」の
「もっと見る」をクリックした。

息が止まった。
いない、と思っていたあの人がそこにいた。

2007年8月12日  北九州記念 ( )

上から数行目。
名前のところが消えている。
でもこれは、あの人が日曜日に書いた競馬日記。

データ同期の関係で、半端に残ってしまったのだろう。
クリックすれば「データがありません」それだけの話、
思いつつ一応クリックをした。

日記が開いた。
日曜日に戻った。

の日記
北九州記念

名前だけが消えて、後は全て前のまま。コメント欄も生きている。
もちろん私のコメントもそのまま。


さち                  2007年8月13日 17:01
だからぁ~
キョウワって言ったじゃない!


なんなんだろう?これは。
時間が戻った。まさかね。
だって名前はもうない。「炎の男」はやっぱりもういない。

でも、もうその気配すら感じることもできないと思った、
その人が、ここに確かにまだ存在している。

私は興奮気味にマウスを動かした。
左側の「過去の日記」をクリックすれば、
過去のどこへでもいける。
どの日記も開く。

どうしてあんなことが起きたのか、今だにわからない。

あの後、退会していくマイミクを何人も見たけれど、
同じことは一度も起きていない。
お盆中でサーバーがいくつか落とされていたのかもしれない。
それで、同期に時間がかかり
退会したユーザーの、IDだけ削除したものの
その他のデータはしばらく残ってしまった?

世界は所詮パケットに構成されている。
そこに”いる”と見えるあの人は、
ただ、処理しきれない情報のクズ。

それでも私はクリックをし続ける。
情報の宇宙の中に潜っていく。

クリックしたのは、瀬波温泉特別の日記。

降り立った、そこは荒野だった。

もう誰にも忘れ去られたような数日前の日記。
かつては人で賑わっていたのに
もう忘れられてしまった廃墟のような

もちろんまだある。
花魚のコメント。


炎さんに会いに行こうと思ったのに、夕方から頭痛が止まらず
先ほど薬を飲みました。


私に頭痛が襲うってば。
頭の芯がズキズキするよ。
鼓動に合わせてズキズキ、ズキズキ。

あんなに私を好きだといったあの人は
投げ出すように私を捨てて、一目散に逃げていったよ。
満足でしょ?これで安心でしょ?
予定通り、残りの人生2人で歩んでいったらいいよ。

私達に何も問題はありませんでした。
平凡だけど幸せです。
質素だけど豊かです。

なんとでも言ったらいいよ。

ゴミのように捨てられたのに、
こんな情報の欠片に縋り
お盆の朝にパケット滓の荒野を彷徨う。
そんな自分の状況に吐き気がして、
でもPCの前から離れられない自分にもっと吐き気がして、
私はまた自分を見失う。

ふと思いつき、IEの別画面で自分のトップへ戻る。
辿っていき確認。

やっぱり花魚は退会していない。

成田さんが退会して、花魚は退会していない。
状況はつまり、成田さんが花魚へ謝罪と説得を続ける最中?

ほんの出来心でした、と平謝り?
心から愛しているのはあなたですと?
ちょっとだけ、心が揺れてしまったのですと言い訳?

何を想像しても情けない。

ケジメをつけると、ミクシィ退会した成田さん
それでも残っている花魚。
つまりは、真実を求めている。
多分それで間違いないだろう。
その証拠にログイン1時間以内。

なにもかも想像に過ぎないのだけれど。

成田さんの荒野に戻る。

瀬波温泉特別の日記をまた上から眺めて、
私はふと思いついてコメントを入れてみる。


さち               2007年8月15日 9:15
なにこれー?
まだコメントできる?


「書き込む」を押せば、普通に表示されるコメント。
自分のトップを更新すれば、「最近コメントした日記」
の一番上に上がってくる、
2007年8月11日  瀬波温泉特別 ( )

これって、この日記にコメントつけてた人、
みんなの履歴の一番上に上がってくるってことでしょう?
つまりは、花魚のところでも。


さち               2007年8月15日 9:20
コメントできるじゃん!
退会して、逃げたつもりで笑える~


私は次々コメントをつけていく。


さち               2007年8月15日 9:25
>炎さんに会いにいこうと思ったのに
こういうのって、パブリックなところに書くことですか?
よっぽどみんなに自慢したいのね。
私は炎さんの彼女ですよーって。
自慢するような彼氏ですかぁ?
浮気がバレて、突如ミクシィ退会して逃げた気になってるのに。


今更自分のしていることに、なにか意味があるとは思えない。
ただ、溢れ出す怒りだけで私は続ける。

私を捨てた。
何もなかったことにしようとした。
一生忘れないって言ったのに。

頭の中が真っ黒な淀みで満杯になる。
物をまともに考える場所は残っていない。

私はただひたすらコメントを付ける。

七夕賞の日の日記にもコメントをつける。
つまりは花魚のコメントした日記全て

これで、彼女の「最近コメントした日記」の最新欄は
名無しの日記でいっぱいになる。
彼女以外にも、あの人の日記にいつもコメントをつけていた人は
名無しの日記で埋め尽くされる。

時間を自由に飛び回るように、
遠い過去や近い過去、行ったりきたりしていたら、
ふと第三者のコメントが入る。
突然「最近コメントした日記」にあまりに古い日記が上がって、
なんだろう?と覗きにきたのだろう。


TATSU               2007年8月15日 9:39
なにがどうなってん?
名前変更中?


私はすかさずまたコメントを付ける。


さち               2007年8月15日 9:41
違うよ!退会したんだよー
彼女に浮気がバレて逃げたの♪


ほとんど勝手に手だけが動く。

また別の日記にコメントを付けようと、一旦トップに戻って、
瀬波温泉特別のコメント記入数に違和感。
すぐにクリック。

さっき書いた私のコメントが消えていた。

カッと頭に血が上る。

あの人も入っているんだ。

過去の日記の直接リンクとか、多分そんなところから
自分の日記がまだ人から普通に見れて、
おまけに私が荒らしていることに気が付いたんだ。

その時、枕の横に置いてあった携帯電話が震えた。
すぐに開く。


From: 成田
Subject: おはようございます 
おはようございます。


なにこれ?
様子を見ている?
私が何かを言ってくることを待っている?

卑怯者。
こんな人は私が知っている成田さんとは違う。
こんな人、私は大嫌いだ。

携帯メールに返事をせず、
私はまた瀬波温泉特別の日記へコメントを付ける。


さち               2007年8月15日 9:50
消したってまた書くもん。
消すってことはやましいことがありますって
これ見てるみんなに宣言しているようなものですよ?
全部ないことにして、それですんだと思ったのに残念ですね。


さち               2007年8月15日 9:53
全部全部ないことですね。
あんなにたくさんメールをくれたのに、写真も送ってくれたのに、
愛してるって言ったじゃないですか?
WINSのエレベータでキスしてくれたじゃないですか?
あんなことしておいて、全部ないことですか?


私の指は狂ったように動く。
どんどん酷いことを打ち出す。

これが一番いい。

あいつは酷い女だったと、
まるで食虫植物のような女だったとでも、
そう思ってもらえるのが本望だ。
一生忘れないなんて、感傷のオカズにはされたくない。

だってあんなに愛してた。

続けてコメントを入れようとして、
瀬波温泉特別の日記をクリックしたら突然、
「データがありません」になった。
日記ごと消したんだ・・・

私はすぐに、その前の日記へ飛んだ。
そしてまた、コメントを付ける。


さち               2007年8月15日 9:57
今度は日記を消しますか。
全部消しちゃうんだねー
まさに全てはなかったこと?


その日記も、次の瞬間には「データがありません」になった。
LAN回線の向こうで、必死になっている成田さん
想像したら突然涙が出た。
今必死に彼がしようとしているのは私の排除。
昨日の夜から初めて涙が出た。止まらない。
私は声を上げて泣きながら、携帯に手を伸ばした。


Subject: Re:おはようございます
To: 成田
早く全部消してよ
何もないようにしてよ


全部消したらいい。
もう全部無かったことでいい。
空がきれいだったことも、花火の火薬の匂いも、
ぼんやり光る船堀タワーも、たくさんの甘い言葉も。
全部全部無かったことでいい。

成田さんは、私の願いを忠実に守った。
私だけの願いでなく、成田さんの願いでもあったからね。

日記が消えていく。
ページの更新をかけるたびに、新しい日付から消えていく。
ゆっくりと、1日1日消えていく。
それを先まわりするように、私はあの人の日記を開いていく。

8月、7月、6月
私達が辿った日々を巻き戻していくように。

5月、4月、3月
病院のベッドで読んだ成田さんの日記、
今は懐かしくさえある。

でもこれも最後。みんなみんな最後。

2月、1月、12月
また、携帯を開く。


Subject: Re:おはようございます
To: 成田
こっちから見てるとね、カレンダーから1日1日消えていって、
時間がもどっていくみたいだょ
12月まできたね。


11月、10月、9月
そうして私達が初めて知り合った8月。

7月、6月、5月
私が知らない成田さんの日々も消えていく。

人の記憶もこんなふうに消せたらいいの。
タイムスリップしながら、削除ボタンで全てを消せれば
あの人のことなんか知らないで、今まで生きてこれたのに。

もう涙は出なかった。
LAN回線の向こうにあの人がいる。
あの人は私達の日々を全部削除した。
私はただそれを見つめる。

それは意外なくらいに静かな時間で。

向かい側にあの人がいて、
丁寧に、1日づつ、私達の日々を消していく。
私は黙ってそれを見つめている。

最初から、ここに着地をすることが決まっていたかのような
そんな気すらするくらい、心は落ち着いていた。

最後の日記が消えた。
 

Subject: Re:おはようございます
To: 成田
ごくろうさま。
ありがとう。


返事はこなかった。



夏休みは終わった。
 
 

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