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2008年12月25日 (木)

☆第4章 最後の夏休み☆  第26話

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待ち合わせの時間が
江東の花火大会の終わりと重なってしまったことがある。

いつもの、荒川沿いの道は
繁華街並みの人ゴミになっていた。

見つけてくれるかな?

不安になりながら、人の間から成田さんの車を探していた。
しばらくして、近づいてくる赤い車。

躊躇も見せず、私の目の前でピタリと止まった。

「すごいね。あんなに人がいたのに」

車に乗りながら、私が聞くと、
成田さんは車を発車させながら言った。

「僕は100m手前からでも、あなたを見つけられるよ」

そして、

「どんなにたくさん人がいてもね」

と付け足し、照れたような笑顔で前を見ていた。

100m手前きから、人ゴミの中の私を見つけられると言ったあの人は
もしかしたら知っていたのかもしれない。

私のこの気持ちが、箱庭のような守られた空間の中でだけ
成立するものだということを。
箱庭の中に彼を引きいれ、
さんざん遊んで飽きたら捨てればいい、くらいでいることを。

私もそうだと思っていた。

今がよければいいんだと、
先のことなんてよくわからないし、
それで誰も傷つかない、自分も、あの人も傷つかない。

そう思っていた。

成田さんが作ったあの水槽で
私は泳がされていると仮想していたあの日々。
でもそこから出たとしても
私の暮らす海は海に似た大きな水槽。

安全圏から、恋をしたり、その恋が破れたり、
そんなことを楽しもうとしていただけ。
そんなくだらない自分。

知っていたのかもしれない。
その程度の私の思いを、あの人は。

私が一番好きだと言ってほしかった。認めてほしかった。
私の旦那のこと、
結婚すること、
彼女のこと、
そんなことはどうでもいいことだったのに。

ただ私が一番好きだと、その言葉だけが欲しかった。

一度も私をまっすぐに見てくれなかった。
溺れた人のような目で私を見ていた。

「自分のしていることは悪だと思っている。」

また言った。それだけは言って欲しくなかった。
私は悪じゃない。あなたも悪じゃない。

私はあなたが好きだった。あなたも絶対に私が好きだった。
どうしてそれじゃいけないのか?
どうして最後まで私をちゃんと見てくれなかったのか。

私には、明日へ続く今日がない。
今までもない。
これからもやっぱりない。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜



突然私の夏休みは終わった。
お盆の終わりと一緒に。

なのに、外では狂ったような蝉の声。

あんた達バカなの?
とっくに夏は終わったのに。

成田さんの日記は全部消え、
お盆が明けたらその痕跡すら根こそぎ消えた。

やっぱりただの残骸。

あんなものに縋るだけの価値もない。

私の世界で成田さんは死んだ。
存在は全て消えた。

私が何をしでかしても、
世界に何が起こっても、
そんなことはありはしないと思っていたのに。


お盆が終わって、日常が戻ってくる。
でも、何ヶ月も続いたおはようメールはもうない。
私は携帯の目覚ましの音で目覚める。

壊したのは自分だから
失恋の感傷に浸るとか、そんな権利はなさすぎる。

動くしかない。

なくなってしまったものを求めて立ち止まったところで
有り得もしない希望という名の、妄想。
囚われて、でも現実に引き戻されて、絶望する。
考える暇があれば、止まる隙をなくすこと。

嫌ってくらいしてきた恋で知っている。
嫌ってくらいしてきたんだから、
もう今度こそ本当に嫌になればいい。


「競馬解禁します」

日記でそう宣言した。
マイミクだけに公開していた日記を、全体公開にした。

「私と一緒に競馬をしてくれる人、マイミクしてください」

来るもの拒まず。
そんな軽薄な罠にかかるような、クズのような男たち。

それでも何百何千も集めれば、あの人に似た人がいるかもしれない。

おもしろいくらいマイミクが増えていく。
仕事もろくにせず、次から次へ来るメッセに返事をする。

「競馬大好きです。色々お話しましょうね」
「中山開催始まったら一緒に馬場へ行きましょうね」

今をしのぐだけならば何とでも言えるんだ。

汚く自分勝手な私には、こういう毎日が似合っている。
こんなふうに続けていけば、いつかはあの人のことなんて忘れる。

「今週は札幌記念です。みんなで予想大会しましょう」

たった1日、2日で2倍近くに増えたマイミクに宣言をする。

あの人のいない日曜日。
あの人のいない競馬開催。
それをどうやって遣り過ごすのか、私はそれに必死だった。

ところが、金曜日のニュースで、
全ては余計な心配になる。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜


☆札幌記念

2007年8月16日、日本中央競馬会(JRA)の美浦・栗東の両トレーニングセンターで
36年ぶりに馬インフルエンザに感染した疑惑のある競走馬が20頭確認され、
その後の検査により陽性反応がでる競走馬が多数発見されている。
中央競馬を主催するJRAは当初、ワクチン接種を全頭に対して実施している事から
影響は小さいと考えており、16日の記者会見では8月18日・19日の中央競馬
(札幌・新潟・小倉)を開催すると発表していた。だが、翌17日朝に週末出走予定の
競走馬から163頭を検査したところ29頭が陽性反応を示した為、一転して開催を中止した。
馬インフルエンザで開催が中止になるのは、1971年12月から37年ぶり。


Webの競馬ニュースで、開催中止の速報を見つけた時、
PCの画面を眺めながら苦笑い、止まらなかった。
だって可笑しいでしょ?

何もかもできすぎ。

毎週、毎週、土日になれば開催されるのが当たり前と、
誰もが信じていた競馬が突然中止。

それがなぜよりによって今週に?
37年間も起きなかったことが、なぜこの今週に?

ずっと私のそばにいると、信じていたあの人がいなくなり
毎週開催されると信じていた競馬も、今週はない。

可笑しすぎる。

せっかく盛り上がっていた札幌記念は9月の最初まで延期が決まった。
いつもいつも、馬のことしか考えていないようなマイミク達は
開催の無い土日、何をして過ごせばいいかと不安がっている。

私は安堵する。
でも実は少しだけ消沈。

実は少しだけ期待していた。
日曜日の朝、自転車で京葉道路を走っていけば
あの人の赤いスクータを追い抜いていくかもしれないって。
そして、WINSの2階でコーヒー持って待っていてくれるかもって。
まさに有り得もしない希望。
そういう名前の妄想。

新たな絶望に立ち向かわなくていいのだから
結局私は安堵する。

溺れるような日が、一日一日。
手足を動かさなければ沈んでしまう。
軽くて薄っぺらい男達も、私にしてみれば命綱。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜


花魚は退会していなかった。

何かを待っているんだろう。
真実?なのかな。

これだから嫌になるよ。

真実なんて、全部知ろうとしないほうが幸せなことたくさんあるのに。
自分に与えられた愛が、突然砂のように崩れること
それを想像もできない人は、安易に全てを知りたがる。
爆風のように自分を吹っ飛ばす
そんな太刀打ちもできないような真実が
そこには埋まっているかもしれないのに。

まだ存在はしているけど、
私のところへ足あとはついたりはしない。
今まで書いた日記も全部消されていた。

でも、のぞきに行けば常にログイン1時間以内。
朝も夜も。
だから私は執拗に足あとを付け続ける。

2人揃って、私という存在を、
抹消して、無視して、消えていくのは堪えられない。
2人揃って、私を夢の中の登場人物だったと、
忘れて、放って、幸せになろうなんて許せない。

私を見てよ。
ちゃんと見てよ。

足あとを付け続ける。


花魚が動いたのは、月曜日の深夜だった。

競馬のない、緩慢で手持ち無沙汰な日曜日。
やっと終わって戻ってくる1週間。
そんな境界線だった。

寝室で、PCを開いていた。
もう癖のように、花魚のトップページを開く。
ふと目に留まった、ログイン5分以内。

今、いる。

何をしているんだろう?
そんなことは私にわかりようもないし、
わかったところでもう何もしようもないし、する気もない。

それから、何の期待もせず、何気なく開いた自分の“足あと”

心臓が壊れそうなくらい跳ねた。


最近の足あと
2007年8月20日 01:05 花魚 


ついに来た。
今更何をしにきたんだろう?
今更何か報復をすべく乗り込んできた?

頭の芯、逆上せたように熱くなる。
足あとのページでIEの更新をかけると、画面が変わる。


2007年8月20日 01:10 花魚


今、現在もまだいる。
私のところに。

私とあの女は、今同じところにいる。

何故か私は息を潜めた。
私の存在に気が付けば、あの女は逃げていってしまうかも。

くだらない。
LAN回線のずっと向こうに私の気配が伝わるわけもない。

トップに戻ってみても、
新着メッセージも、コメントも何もない。
ただ、足あとだけが、静かに更新されていく。


2007年8月20日 01:15 花魚

2007年8月20日 01:21 花魚

2007年8月20日 01:27 花魚


見ているんだろう。
私の今までの日記と
それに付けた成田さんのコメント。
そしてその裏に存在した事象、感情。
隅々見ているんだろう。


2007年8月20日 01:33 花魚

2007年8月20日 01:37 花魚

2007年8月20日 01:42 花魚 


やっぱり私は浅く息をする。

深夜の寝室で、身動きすら躊躇われる程に、
張り詰める空気。

私の家の中へそっと入ってきた花魚。
隅から隅まで物色する様子を、
見つからないように、物陰で息を潜めてみつめる私。

もう出て行って欲しい。
あんなに私を見て欲しいと願ったけれど、
擦り切れてしまいそうなくらい、研ぎ澄まされたこの空気。
こんなものにはもう堪えられない。

全部に目を瞑れば、
あなたには約束された、延々と続く未来。
うんざりするくらいありふれた未来。

何を知ろうとする?
何をこれ以上負おうと?

祈りのような私の心の声も、届くわけもなく
さらに新しくなっていく時間。


2007年8月20日 01:45 花魚

2007年8月20日 01:51 花魚


想像してみる。
あの女の心の中。

悲しい?悔しい?憎い?

あたりまえのように、必ず来ると、
思っていた今日が見えなくなったこと、どう思う?

これから何を信じるの?
何に縋っていきていく?

私にはわからない。
私には全くわからない。

あの女の気持ちも、
自分のしたことの意味も、
私と成田さんの間にあったものの意味も。

涙が出た。

懺悔の涙なんかじゃもちろんない。
後悔の涙なわけもない。
憎しみの涙なんて今更出ない。

わからない自分がただ悲しかった。
何に縋るか、見えないのは私自身。

もうこれ以上、私に私を突きつけるのはやめてください。

あの女へか、成田さんへか、或いはいわゆる神なんてものか、
何かもわからぬ対象に向かい、私はひたすら祈る。

私は見失った私のことなんて知りたくない。


2007年8月20日 02:05 花魚


これを最後に、足あとは更新されなくなった。
IEの更新をしても、画面は変わらず。

花魚のトップページへいってみれば、
最終ログイン時間は10分になり、15分になり、30分になった。

私は彼女が完全に去ったことを確信し、
自分のPCを落とした。


☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜


朝、会社へ行き、再度足あと帳を開いた時は
花魚の足あとは消えていた。

花魚退会。

これでなにもなくなった。
 
 
 
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